その帰りに箱根のポーラ美術館に寄りました。
以前より一度は訪ねてみたいと思っていましたが、やっと念願が
かないました。
緑深い山間に、身を潜めるように、低くそれでいてガラスとコンクリートの軽快な姿で存在して
いました。道路からブリッジをわたってエントランスにたどり着くと、ガラスで覆われたホール、
ここは構造体もガラスで出来ており、軽快感というよりガラスの力強さを感じます。
ここからエスカレータで下に向かいます。右側の壁面はすべてリブガラスで覆われており、
中には照明が仕込んであり、光る壁となっており、このエスカレータと光壁が建物の
中心構成です。
ここから各展示室や、レストラン、ミュージアムショップなどが配置されていて、わかりやすい
レイアウトとなっています。
おおきな構成から、細かなディテールまで、気を抜いていない大手事務所日建設計の
気概が伝わってくる作品でした。
2007年12 月10日 (月) カテゴリー: 旅行 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
12月3日に念願であった、秩父夜祭りに所員全員と田村のお母さんとで行って来ました。
秩父夜祭りは、京都祇園祭り、飛騨高山祭りと並ぶ三大曳山祭りと言われ、豪華な彫刻をほどこされた2台の笠鉾と4台の屋台とが秩父神社からお旅所といわれる市役所近く、団子坂の上まで市内を練り歩きます。山車がその団子坂を登る祭正面に、冬の夜空を焦がす壮大な花火が打ち上げられます。秩父での仕事も工事中でしたので、地元の工事関係者のみなさんの中にお祭りの関係者のかたも多く居て面白いいわれなど話してくれました。
いわく、そもそも祭りのいわれは、武甲山の男神様と、秩父神社の女神様が年一回12月3日にデートをするという。その場所が団子坂の上のお旅所といわれる亀石のところなのだそうです。武甲山から秩父神社は真北にあるそうで、秩父神社から亀石まで、市内を練り歩き、ちょうどたどり着くころ東の空から北斗七星が上がってくる。北斗七星は龍である。北の守り神信仰から来ている、などなど。
いずれにしても笠鉾、屋台は素晴らしいもので、また冬の花火も色がさえてとてもきれいでした。そしてなにより地元関係者のみなさんがこの祭りに誇りを持って楽しんでいるのが良く分かりました。
貴重な体験をさせていただきました。ありがとうございました。
2006年12 月 4日 (月) カテゴリー: 旅行 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
11月26日、27日と2日がかりで、秋の京都に行って来ました。去年に続いて、お茶の先生の企画でした。
やはりメインはなんといっても、裏千家総本山の今日庵です。先生は幾度か来ているようですが、もちろんわれわれは初めてです。中に案内され廊下から茶室へ、事前に先生からくれぐれもそそうの無いようにと、かなり厳しく言われており、皆緊張していましたがそこそこにリラックスした雰囲気でした。お茶も頂き、お軸の拝見やその部屋の説明などを受け、いろいろあるお茶室を丁寧に案内して頂きました。
床の間の脇に掛かったドラが、秀吉からの拝領の品などと聞くと、なんとも異次元に来てしまった感じで、全体を包むオーラとでも言うのでしょうか、凛とした雰囲気は本当にすごいものでした。半ば放心状態でそこを後にしましたが、日本文化の真髄にふれた感じでした。
その後、青蓮院門跡にある、好文亭という茶室を見たくて行って見ました。青蓮院はおおきな楠木が有名なようで、紅葉のもみじとのコントラストが見事でした。
お目当ての好文亭は、平成5年に過激派のロケット弾を受け、消失してしまい、平成7年に再建されたそうです。再建にあたり、中村昌生さんの監修で、創建当時の図面に忠実に施工されたそうです。門跡の茶室とあって、いわゆる「わびさび」の茶室で無く貴族の茶室といわれるように、特別な銘木材料を使うというよりは、オーソドックスでありながら、品のある雅な茶室でした。
有名な上村松園の孫にあたる上村淳之画伯筆という、鶴の襖絵と、脇床の松の風景画、天袋の襖に書かれた野鳥図などに囲まれた茶室で、お茶を頂きましたが、今日庵とは違った華やかな雰囲気で、これはこれで素晴らしいものでした。
ほか1年ぶりの京都をぶらぶらと歩きまわり、新たな発見も数多くあり、また行きたくなった京都の旅でした。
2006年11 月28日 (火) カテゴリー: 旅行 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
昨日、初めて長瀞の長生館という旅館に泊まりました。長瀞といえば、石畳と川くだりで有名ですが、秩父の行き帰りに通過はしますが、落ち着いてのんびりと見物など、まして宿泊などはしたことはありませんでした。
今回秩父での祝宴の後、帰るのも大変だとお客さんが手配してくれました。たいしたことは無いだろうと、たかをくくっておりましたが、いやいやなかなかの旅館でした。大浴場も広く外には、近くの宝登山の湧き水を使用しているという露天風呂もあり、全体としてはこのあたりの施設としては、よく出来ています。
2階の部屋でしたが、窓の外は荒川の川面に面し、朝食のあと外に出て散歩してみましたが、石畳も旅館の目の前です。ちょうど紅葉も盛りで、石畳と川と紅葉のコントラストが見事でした。
川くだりの船も何艘かあり、船頭さんが忙しく準備をしていました。そこに立派なカメラをかかえたおばさんの一団がやってきましたが、そのことばを聴いてびっくり、なんと韓国語でした。こんなところまで韓国の人たちが旅行に来ているのかと感心したしだいです。
遠方よりの旅行者に対し心を込めたもてなしをすれば、多くの人たちがもっと来てくれ、民間レベルでの交流が進み、仲良く出来るし、観光立国としての日本の進む道もひらけるのではと、思ったしだいです。
この後近くの宝登山神社にお参りし帰路につきました。
2006年11 月23日 (木) カテゴリー: 旅行 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
ひさしぶりに娘が帰ってきたので、妻の母親と家族5人で、四万温泉の積善館に行って来ました。
日曜日の夕方だと言うのに、けっこう混んでいました。さっそく露天風呂の杜の湯へ直行。薄明かりの中の露天風呂は最高ですねー。
ところが日ごろの疲れがでたのか、夕食後ばったりと寝込んだまま朝の6時まで起きられませんでした。起きたところでこんどは元禄の湯に入りました。露天風呂もいいですが、ここの元禄の湯は本当に素晴らしいと思います。たたみ1畳よりちょっと大きめな花崗岩でできた浴槽が4つ、それよりおおきい風呂が1つ。
この小さい浴槽の底板の穴からまさにこんこんと、さっぱりとした静謐な温泉が湧き出ています。そのお湯が花崗岩の縁から溢れて、ひたひたと床を流れています。泉質のよさでは日本でもトップクラスといわれるこの四万温泉の、特長をうまく生かした絶品の舞台装置だと思います。大正時代の建築だと聞きましたが、その設計者の腕に感服です。
7月にやはり有名な法師温泉長寿館に行ってきましたが、あそこも雰囲気と泉質は素晴らしいものですが、さっぱりとした清潔さは四万温泉が上ではないかと感じました。
2006年9 月11日 (月) カテゴリー: 旅行 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
7 月の連休を利用して、かねてより念願だった、法師温泉長寿館に気のあった中年夫婦3組6人で行って来ました。
昔よく行った苗場スキー場への国道17号。猿ヶ京を過ぎしばらくして左にはいります。はじめて道で、だんだん細くなり大丈夫かなと不安になったころ、突然にこの建物が見えてきます。
あいにくの雨模様でしたが、かえってその雰囲気が増幅されたような、素晴らしいたたずまいでした。昔ながらの帳場、吹きぬけている待合、奥にはみやげ物売り場、廊下は渡って旧館の建物。アプローチ右には新館、とはいっても20年近くたっているとの話ですが、しっかりと建てられています。
みやげ物売り場の横を過ぎると、かの有名な法師の湯。大きな吹き抜けの浴室にアーチ窓、浴槽は杉の丸太で仕切られており、中に板の通路などがある。洗い場などはなくのんびりとその杉の丸太を枕に湯につかる。下は砂利となっており時たま、小さい泡が上がってここから温泉が湧き上がっているのがわかります。混浴と言われていましたが当日は休日でも有り、入浴者は残念なことにおじさんばかり10人ほど。
ここにシャワーがなんで無いのかと言った人がいたとかいないとか、そんなものは無いほうが良いし、洗い流さないでここのお湯そのものを身にまとって帰れば、幸せそのものと言った素晴らしい雰囲気の温泉です。
その奥には新しく出来た「玉城乃湯」。ここは我がJIA仲間のIさんの設計で、施工は渋川のT工務店。さすがに大きな材料といい、内装材といいT工務店会長ご自慢の建物です。ここにはさすがに洗い場もあり、そとには露天風呂と設備は整っています。あいにくの雨でしたが番傘と、菅笠が用意してあり傘をさして入る風呂もおつなものでした。われわれは新館の宿泊でしたが、ここもT工務店の施工ということで、20年近くもたったとは思えない、いい仕事がしてありました。
小さい沢が流れる谷あいの一角に、よくも残しておいてくれたといった風情の建物群。これを守り続けた人達のご苦労は大変なものであったと推測されます。そのおかげでいま私たちはそれを享受することが出来るわけです。この温泉、そして温泉建築という文化を末永く守り続けていかなくてはと思ったしだいです。
2006年7 月18日 (火) カテゴリー: 旅行 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)